スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

織姫神社とおりひめ

とりあえず、書くとしたらおりひめ(ひめちゃん)とみたま(たまちゃん)の神社を調べたネタからかな…?
まずは織姫神社から。

orihime1012281.jpg
(2010年12月下旬の織姫神社。)


大きな地図で見る

織姫神社は足利市内、市街地の中心部から少しに西の小高い山(織姫山)の中腹に鎮座する。
織姫山の標高は118m。
尾根道より石尊山や両崖山、行道山に通じるハイキングコースが整備されているほか、山には明治百年を記念して昭和44年に整備された総合公園があり、桜や紅葉が楽しめる。
…桜といえば、ひめちゃんが好きな木。春には山のあちこちで見ることができる。
なお、神社が鎮座する中腹辺りは「月見ヶ丘」という名前らしい(今ではさっぱり聞かないが…)。
ここからの見晴らしが良いことはよく知られており、訪れる人は結構いらっしゃる。

orihime0712171.jpg
(2007年12月時点での織姫神社。この頃はまだこんなことになるとは露にも思わなかった…。)

なお、織姫神社は山の中腹に鎮座するため、神社に参拝するには229段の階段を登らなければならず、慣れていないと結構しんどい。
…とはいえ、階段の脇には「縁結びの坂」なるものがあり、二の鳥居前までだが階段を途中までスルーすることは可能。
それから、車だと(道の入り口が非常に分かり辛いが)裏からつづら折りの道を登って神社の裏まで来ることができるので遠くから来る方はそちらを使うのも手かと。

話を階段に戻そう。実はこの階段の中央の手摺は消火栓になっているらしい。
手摺に張られている文字を見ると、昭和12年…つまり新しい社殿を建てたときからあるとのこと。
ちなみに、2010年11月3日(痛車イベントが行われた日)の例祭で本殿手前に出されていた太鼓も「昭和12年奉献」と刻まれていた。

orihime1101021.jpg
(2011年1月2日の織姫神社。)

さて、ここで織姫神社の歴史を掻い摘んで備忘録代わりにメモしておこうと思う。
ブログのタイトルもメモ帳だし。
織姫神社は、1200年以上の伝統と歴史を持つ足利織物の守護神として勧請された。
元々は神服織機殿神社(かんはとりはたどのじんじゃ / 伊勢神宮の直轄で、天照大神の絹の衣を織っていたという)の神様とのこと。
宝永2(1705)年に土地の住民により創建され、後に通4丁目の八雲神社の境内社として祀られたという。
そして織姫神社は明治12(1879)年8月24日に通4丁目の八雲神社から織姫山に遷座された。
…のだが、翌年明治13(1880)年9月10日に火災により焼失。
しばらく仮宮のままだったが、昭和9(1934)年に再建事業を開始、昭和12(1937)年に現在の社殿が完成した、とのこと。

主祭神は天御鉾命(アメノミホコノミコト)、天八千々姫命(アメノヤチチヒメノミコト)の二柱。
先の通り神服織機殿神社に祀られる神様で、天御鉾命が織師、天八千々姫命が織子とされていたそうな。
伝承では天御鉾命は服部神部の祖、天八千々姫命は奉織工の祖とされるそうだ。
織姫神社は機織り、足利の産業の守護神というだけでなく、縁結びの神様としても祀られている。

天御鉾命とは、天鈴鉾命の別名であるらしい。
「新選姓氏録」に拠れば、天鈴鉾命は「服部連、天御中主命十一世孫、天御鉾命之後也」、「豊受神宮禰宜補任次第」に「天御中主尊子…(中略)…天嗣鉾命子、天鈴鉾命。」とある。
これらの記述から、どうやら天鈴鉾命(天御鉾命)は天御中主命の系らしいという事が窺える。
それと、天日鷲命の弟神ともされるようだ。
一方、天八千々姫命は天棚機姫神の別名、あるいは天棚機姫神の子孫神ともいわれる。天棚機姫神は天照大神が岩屋戸にお隠れになった際、高皇産霊神の命により、神衣を織って奉仕したと伝えられる。
「古語拾遺」では天羽槌雄神と共に登場するため、天羽槌雄神・天棚機姫神の二柱が対で祀られることもあるという。
なお、天八千々姫命は「神名秘書」に拠れば、桑の木を天香久山に植えて養蚕を行い、その絹糸で天照大神の御衣を織ったともいわれるようだ。

orihime1012282.jpg
(2010年12月下旬撮影。織姫神社社殿に掛かる幕に描かれている同神社のご神紋。)

最後に、織姫神社のご神紋について。
「かつて倭建命の御子・足鏡別王(あしかがみわけのきみ)が足利の地を統治していた」という伝承に基づいて、その神鏡の輪郭に、「足」の字を配したのが足利市の市章。
それを、昭和12年の織姫神社遷宮に際してこの鏡の輪郭を使う許可を得て、図に用いたという。
この鏡の輪郭に、足利氏の家紋である「丸に二」の二を縦に配し、それに織物の糸を組み合わせたのが織姫神社のご神紋。
つまり、足利の町・足利氏・織物の三つのシンボルを取り込んだのがあのご神紋ということになるだろうか。

…それをおりひめは肩のケープに意匠として取り込んでいることになるのであって…。
紐解いてみれば、あのマークは市を背負った非常に重いものなのだということが分かる。

参考文献:
『足利織姫神社パンフレット』
『足利織姫神社「足利の文化財一斉公開」パンフレット』
『足利織姫神社の由来等について』
『諸神・神名祭神辞典』 矢部 善三/千葉 琢磨編著 株式会社展望社 1991
『角川日本地名大辞典 9 栃木県』 「角川日本地名大辞典」編纂委員会・竹内 理三編者 株式会社 角川書店 1984
『日本神名辞典』 神社新報社 H.7第二版
『続々 足利の伝説』 台 一雄著 岩下書店 S.53
『栃木県神社誌 神乃森 人の道』 栃木県神社庁編集発行 H.18
Wikipedia(織姫神社 (足利市))

※写真は訪問毎に自分で撮ったものから選んで載せています。


----------
…さて、最後に上のことを使ってひめちゃんについていくつか考えると

  • ひめちゃんは火が苦手。(遷座した翌年に火災に遭っているため / 料理はきっとIHでしているんだよ!w)
  • 伊勢の方からやってきた結構お嬢様? 系譜的にも結構なポジションであった可能性がある。
  • 養蚕もできる?

といったことが考えられるかもしれない(注:あくまで個人の妄想です)。
これらを適度に使うと、より想像の幅が広がるかも…?
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
kagasea on Twitter

kagasea < > Reload

プロフィール

kagasea

Author:kagasea
名前について:kagasea (kagase@とも。ここでは@が使えなかったのでkagasea。読み方はどちらも「かがせあ」で。)

経緯:ひめたまが始まってわりとすぐ(2010年夏の花火の頃)から知ってはいたものの、ずっと静観していた人間。関連イベントにはちょこちょこ足を運んでみたりして徐々に染まって行きました…。

補足:元々ゲームなどの設定の元ネタを発掘するのが趣味で、その関係で神社や仏閣の知識もほんの少しだけある(と思います)。
その辺から色々妄想したりしてネタを書き留めていきます。

  • 当サイトはリンクフリーです。バナーはありませんが…。
  • IE8, Chrome10.0.648.205, Operaなどでは正常に動く様子。
  • Mozilla FireFox ver3.6だと何故か型崩れする現象が確認されています。同ver 4.0だと大丈夫な模様。



twitterもやっています。
というかこちらがメイン。
twilog twitterの呟きをblog形式で保存。


思い付いたひめたまの妄想ネタを呟くbotもやってます。
二次創作のネタとして使って頂ければ幸いです。

最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
FC2カウンター
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。